極論言います。僕たちの寿命と若さと健康が、1,000年続くのなら、限られた期限内に「経営者・投資家」なんて、目指す必要は無いのかもしれません。「後残りの人生後、955年もあるのだから、焦らずノンビリと労働でも継続していようよ・・・。」毎月5万円貯金を500年続けて3億円貯めて、都内に土地付き一軒家を購入するなどという、方法論も成立するわけです。
しかし問題は、僕たちの寿命も若さも健康も、どれだけエネルギー満ち溢れた人であったとしても、せいぜい60年の還暦までに維持継続するのが精一杯です。若かりし時には、どんなに筋肉隆々で運動神経バツグンの猛者であったとしても、60を超えた後は、「激しい労働は禁止!」どんぐりの背比べ状態に陥ってしまうわけなのです。
どんなに有能な「ギフテッド」レベルの才能、センス、スキルを持っている天才あったとしても。自分の才能・センス・スキルに頼り切った、自分の時間と労力を駆使した稼ぎ方ができるのは、やはり60前後が限界でしょう。そう考えると、「アラフィフ」な僕だと、あとたったの10年。。
10年間という極めて短い期間内に、自分の才能、センス、スキルを武器に、自分の時間と労力を費やつ稼ぎ方とは完全にサヨナラを告げる必要があるわけです。あなたの場合は後何年でしょうか?僕たちが全員、「不労所得」が実現できる状態を目指す必要がある「根拠」がここにあります。
期限内に「不労所得」をできなければ、それまでに積み重ねた貯金を原資に消極的な生活を送ることしかできなくなることが確定するわけです。ところが、「過去の貯金」に頼りきった場合、見逃せないリスクが秘め隠れています。それは、「お金の価値」そのものが年月の経過と共に損なわれるのリスク。
20年後も、30年後も、お金の価値が、今と全く同じであり続けてくれるなら良いですが僕の祖父が1円で購入した土地が、60年後に1億円になったように。お金の価値そのものが、変わる可能性はかなり高いので、1億円を貯金していても、20年後、30年後には、その1億円が、今で言う1,000万程の価値しか無いことだって十分あり得るわけです。
すると、「稼げる時の貯金」だけに頼り切るわけにもいかない。自分が労働をして、稼げている内は、欲しいモノを手に入れたり、願いを叶えたりが、できているのに。60を過ぎた後に、「過去の貯金」に頼る「消化ゲーム」になった途端、恐らく、手元のお金が目減りして行く恐怖に耐えられない。。
・・・・怖くて怖くて。。。仮に自分のため、妻のため、子どもたちのため、孫たちのため、欲しいモノがあったとしても、叶えたい願いがあったとしても、全て諦める決断をしてしまうような、余生に送る羽目になるかもしれません。
だから、60歳になっても、70歳になっても、80歳になっても、自分の才能、センス、スキル、などに頼った、時間と労力を費やす労働を一切しなくても、稼ぎ続ける仕組みを持っておくことが必ず必要になると僕は真剣に考えてやまないのです。
現に60を超えると、年収100万++の肉体系労働のお仕事しか見つからないなか。経営者として、投資家として、年収1億以上を継続的に稼ぎ続けている御方がいらっしゃるのですから。だからこそ、サラリーマンとして、労働経営者として、稼げている今のうちに、「不労所得」から逆算された、「経営者・投資家」として盤石な状態になることを目指す。
パーツをひとつひとつ丁寧に集め続ける必要があるわけなのです。一流企業を卒業して優良企業に務めるサラリーマン。自分の才能・センス・スキルに頼った稼ぎ方をしている労働経営者。そう遠くないミライに、詰んでしまう日が必ず訪れます。
「成功=シアワセ」の定義は人それぞれですし、誰がどんな人生を送ろうとも、自由なのではありますが。イザ自分が手足を動かす労働が出来ない状態に追い込まれてから、慌て動き始めようとする・・・なんてことを、老化して、心身の自由が効かなくなった後で、したくないものですね。
あの時、「経営者・投資家を真剣に目指して準備をしていれば・・・」というように、後悔するようなことにはならないように。
「選択肢」は案外少ない
実は、「不労所得」から逆算された、「経営と投資」の入り口の選択肢は少ないです。「とりあえずやれることをやってみよう!」と、枝葉の先っぽから物事を捉えて、取り組もうとすると、「選択肢」はとてもとても沢山あるように見えます。その中から、自分がピンと来たものだったり、これならやってみたいかも!と直感的に感じるものだったり。自分が好きで、得意だと感じるものだけ選んでも、何の問題も無いだろうと考えてしまう方々は多いです。
しかし、この安易な判断そのものが、年月の経過と共に、大きな大きな「失敗」へと誘われてしまうのです。この場合、本質的な意味での「経営者・投資家」には到達できません。僕たちの人生における「失敗」とは、手元のお金が「飛んでイスタンブール」で消滅してしまうことだけではありません。
僕たちが、大切な人たちと自分のために、欲しいモノ、叶えたい願い、成功=シアワセの成就。それらが期限内に、手に入らないことが確定してしまうのも「失敗」です。各々が、何となくの適当な判断に基づいて選択したものが、たまたまの偶然で、「期限内での入手」につながってくれれば良いですが。その「偶然の成功」に辿り着くには、「年末ジャンボ宝くじ」当選以上の幸運に的中する必要が出てきてしまいます。
そんな意味のわからない確率で的中することでしか、「成功=シアワセ」が実現しないなんて。。取りこぼしが起こる可能性の方が大きいことを分かっていながら、みんなよくそんな状態に耐えられるな・・・。手に入らなかった時、絶望的な後悔に至らないのかな・・・。というのは当然ですよね。
だから僕たちは、ゴールから完全に逆算された「設計図」を重要視しています。僕たちが真剣に本質的な意味での「経営者・投資家」から完全に逆算された「設計図」を学んで、「設計図」通りに忠実に一つ一つ丁寧にパーツを揃えていく。その際、たとえ集めるパーツが、自分の得意で好きなことではなく、苦手で嫌いなものであったとしても。逃げずに取組むわけです。
期限通りに、欲しいモノを手に入れたり、願いを叶えたり、成功=シアワセを実現できないのだけは嫌だ!手に入らない、実現できないことに耐え続ける人生だけは絶対ヤダ!そういう極めて単純なお話なわけなのです。ゴールから完全に逆算という視点で見た時、実は入り口としての選択肢は極めて少ないことを知ることになります。
世の中沢山選択肢があるように見えて、実はそうではないと。これを、「ええ?たったこれしか無いの?私の得意で好きなものが無い!(涙)」好き・嫌い・得意・不得意基準で「やる・やらない」を判断してしまい「逃げる」選択をした方々にとっては、「ゴールには到達しないことが100%以上の確率で確定しました!」という、痛いお知らせになるかもしれませんね。
一方で、ゴール基準だけにもっていける人にとっては。「ええ?たったこれだけしか選択肢がないなら、とても簡単じゃないですか?ここだけを集中して学べば良いわけですし、残りの人生で迷うことはなくなるわけですよね!(喜)」という、「嬉しいお知らせ」になるわけなのです。
このお話には、スタート時点における、「学歴・職歴・性別・年齢・才能」などの今更どうにもならない系の条件は一切ありませんので、誰しもにチャンスは平等に開かれているわけですが。入り口の選択肢は、極めて少ないという「事実」を知ってしまった時どう捉えるか?
これによって、残りの人生は180度別モノになってしまうわけなので。一度、本質的な意味での「経営者・投資家」から完全に逆算された「経路」をそれを裏付ける「根拠」と共に知って頂けると。「全てあきらめて残りの人生適当に過ごすのか?」「絶対に諦めず残りの人生で期限内に全部取っていくのか?」そのどちらの道を選択するか?
今のうちに判断しておくことで残りの余生でどうなったとしても、全ては「自己責任」。手に入らない余生を送るにしても、「あの時、もっと早く知っておけば・・・」という後悔はなくなると思うので。そういう意味では、スッキリできるかもしれませんね。
そして、「手に入らな無いのだけは絶対勘弁!やる気だけ持っていきますから絶対叶えたい!」という場合は、無駄なことの一切を排除して、必要最低限のことだけに集中して取組むこととができるわけですね。
今日のお話のまとめ
僕たちの才能やスキル、そして肉体そのものには、必ず「限界」が訪れます。60歳を過ぎれば、自分の時間と労力を頼りに稼ぐことはほぼ不可能になり、残された道は「過去の貯金を切り崩す消化試合」しかありません。しかし、その貯金さえも、インフレやお金の価値変動によって目減りするリスクを抱えています。
だからこそ、60歳、70歳、80歳になっても自分が働かなくても稼ぎ続ける仕組み=不労所得を、元気なうちに構築しておく必要があります。そしてその入り口は思いのほか少なく、好き嫌いや得意不得意で判断していては絶対に間に合いません。
重要なのは、ゴール=「期限内に欲しいモノ・叶えたい願いを手に入れること」から完全に逆算された「設計図」をもとに、迷わず一つひとつパーツを集めていくことです。「逃げる」選択をすれば、必ず後悔します。逆に、覚悟を決めて本質だけに集中すれば、余計な迷いや寄り道を排除し、成功=シアワセを最短距離で実現できます。
あなたは、「諦めて消極的に余生を過ごす」のか?それとも「絶対に諦めず、期限内に全部手に入れる」のか?選択するタイミングは今です。この決断が、残りの人生を180度変えてしまうということを、念を押させて頂きたいと思います。