なぜ、お金を出しても売ってもらえないのか?
ワイキキの、店の中でした。2025年の11月3日です。洋服。帽子。Tシャツ。シルバーのブレスレット。ネックレス。レジの横に、少しずつ積み上がっていきました。合計で、69万5,135円。1つずつは、たいした金額ではありません。服が数着と、小物がいくつかです。
そこで、奥から出てきました。バーキンの、ゴールド30。244万2,293円でした。その日、バッグを買うつもりで店に入ったわけではありません。ハワイに行ったついでに、顔を出しただけです。ですから、出てきたときは少し驚きました。順番が、逆だと思われる方もいると思います。
普通は、欲しいものを買いに行って、ついでに小物を見ます。あの店では、そうなりません。「バーキンをください」そう言って出てくる店ではないからです。聞けば、奥にはあります。ないわけではないのです。ただ、誰に出すかを、店の側が決めています。並んだ順でもありません。来た回数でもありません。
世の中の常識では、高いものほど、お金さえあれば買えます。車も、家も、基本的にはそうです。代金を用意して、契約書に判を押せば、手に入ります。値段が上がるほど、買える人は減っていきます。けれども、その少ない人の中でなら、お金を出せば買えます。それが、普通の商売です。
ところが、ある値段から上は、お金だけでは足りなくなります。現金を持って行って、それを見せても、出てきません。むしろ、見せた瞬間に遠ざかります。急いでいる人。今日どうしても欲しい人。その気配が出た時点で、話が遠のきます。売る側が一番警戒するのは、そこだからです。
この感覚は、実際にその場に立ってみないと、なかなか分かりません。僕も、最初は分かりませんでした。日本の店で、断られたことがあります。在庫があることは、分かっていました。それでも、出てきませんでした。帰り道で、何が足りなかったのかをずっと考えていました。
買えないのは金額が足りないからだ、と思っていました。違いました。金額の問題ではなかったのです。もっと言えば、金額を積めばいい、という話でもありません。そんな単純な仕組みなら、とっくに誰でも買えています。今日は、そのお話をします。高い買い物の話に見えると思います。けれども、中身はお金の置き場所の話です。どこに置けば、減らないのか。その1点だけを、今日は追いかけます。
店は、何を見て順番を決めているのか?
正直に申し上げます。こちらからは、見えません。基準は公表されていませんし、店員も教えてくれません。分かるのは、外から見える事実だけです。ですから、ここに出せるのは推測ではなく、売り場で実際に起きたことだけです。まず、人が増えました。以前は20人ほどだったスタッフが、40人になりました。
担当者どうしの競争が、はっきり激しくなっています。それに伴って、順番が回ってくる敷居も上がりました。去年と同じことをしても、今年は届きません。去年までの話が、今年も通じるとは限らない。この世界は、そういう動き方をします。だからこそ、古い情報を握りしめている人が、一番遠回りをします。待ち時間も、そのままです。シェーヌダンクルというブレスレットがあります。
ワイキキ店で通常の注文を入れると、およそ3年待ちです。税抜の定価は、小さいもので10,200ドル。大きくなると、35,400ドルまで上がります。ブレスレット1本の値段です。それでも、3年待ちます。3年待って、ようやく順番が来る。そして、その3年のあいだにも、定価そのものが動いています。
バーキン25の税抜定価は、11,400ドルから12,100ドル、12,700ドルへと上がってきました。30も、13,000ドルから13,700ドルです。待っているあいだに、値札が書き換わっていきます。つまり、待たされること自体が、値上がりを待つことと同じになります。並んでいる人にとっては、悪い話ではありません。
並べない人にとっては、毎年遠ざかります。為替もありますから、円で見ればさらに動きます。ただ、あの店頭で一番驚いたのは、値段ではありませんでした。客層です。日本人の中間層が、来なくなりました。以前は、新婚旅行の帰りに記念で立ち寄る方がたくさんいました。その層が、きれいに消えています。
円安が続きました。物価も上がりました。往復の航空券だけで、以前のバッグ1つ分に近づいています。旅行そのものが、届かなくなりました。その一方で、日本人の富裕層はむしろ活性化しています。買う人は、去年より買っています。二極化という言葉を、統計ではなく、売り場で見ました。
どんな調査よりも、早く見えます。同じ国から来て、同じ飛行機に乗って、同じ島に着いて、片方はもう店に入ってきません。日本にいると、分かりません。海外の店頭に、先に出ます。
同じ高級ブランドで、なぜ差がついたのか?
ここからは、数字のお話です。エルメスの営業利益率は、40パーセントです。LVMHは、22.3パーセント。従業員1人あたりの営業利益で見ると、エルメスがおよそ4,300万円。LVMHが、およそ1,500万円です。同じ「高級ブランド」と括られていますが、中身は別の会社です。利益率が2倍近く違うということは、同じ1つを売って、手元に残るものが2倍近く違うということです。
それが何十年も続けば、体力の差になります。エルメスは、借入をしていません。総資産のおよそ半分が、現金です。大きな買収もしていません。やっていることは、供給を絞ることだけです。店の数も、急には増やしません。買収で規模を大きくすることもしていません。
作る数を増やせば、売上はすぐに増えます。増やさない。待たせる。その結果、値が落ちなくなります。欲しい人の数より、出てくる数が少ない。その状態を、何十年も保っています。経営としては、かなり不自然なことをやっています。売れるのに、売らないのですから。一方で、今、LVMHが大きく苦しんでいます。
プラダも、ディオールも、値上げをしすぎました。その結果、価格帯が横一直線になりました。どれを見ても同じような値段です。以前は、順番がありました。この価格帯はこのブランド、その上はあのブランド、という並びです。値上げで、その並びが崩れました。
そうなると、何が起きるか。こんな値段を出すならエルメスを買う。その声が、そこら中で聞こえるようになりました。中国の富裕層は、資産を守る目的でエルメスを選んでいます。ルイ・ヴィトンやディオールのバッグは、買った瞬間から値が落ちます。消費財だからです。使うために買うもの。使えば、減っていくもの。それが悪いのではありません。ただ、資産として数えてはいけないだけです。ケリーやバーキンは、落ちません。同じ売り場に、同じように並んでいます。どちらも革でできていて、どちらも高い値札が付いています。見た目では、区別がつきません。けれども、片方は消費で、片方は資産です。この差は、5年後の手元にはっきり出ます。片方は、写真の中にだけ残ります。もう片方は、まだ手元にあります。もちろん、これはこれまでの話です。相場も、為替も、ブランドの力も動きます。この先も同じとは限りません。それでも、消費財と資産が同じ棚に並んでいるという事実は、変わらないと思います。
9月13日(日)10時に開催します
買い物のお話をしてきました。ただ、これは買い物の話ではありません。手元のお金を、どこに置くか。その話です。働いて得たお金が、手元に来ます。そこから先の行き先は、だいたい3つです。使ってなくなるもの。使いながら減っていくもの。持っているだけで減らないもの。多くの家の中は、上の2つで埋まっています。
消費財に置けば、持った瞬間から減っていきます。車も、服も、家電も、そうです。悪いことではありません。生活は、そこでできています。資産に置けば、持っているあいだ、減りません。厄介なのは、その2つが同じ売り場に並んでいることです。値札も似ています。店員の説明も似ています。
包む紙も、同じです。違いは、持ち帰ったあとにしか現れません。5年経ってから、どちらだったかが分かります。その頃には、やり直しがきかなくなっています。そして、この区別はカタログを読んでも身につきません。雑誌にも書いてありません。実際に買って、実際に手放した人の話を聞くのが、一番早い。手放したことのない人の話は、半分しか当たりません。
売ってみて、いくらになったか。そこまで見て、はじめて資産かどうかが決まります。ハワイの売り場で日本人の二極化が見えた、という話も、どの統計より早く出ました。現場を見てきた人がそこにいるかどうか。それだけの違いです。本や記事は、起きたあとに出てきます。売り場は、起きている最中に見えます。
この時間差が、そのまま判断の差になります。本物の富裕層を目指すためには、こうした購入した瞬間に資産性が高まるモノの知識武装も重要です。その正しい情報を学べる場所が、「地下ソサエティ」の最上級「プラチナ」です。その説明会を兼ねたセミナーを来たる日曜日朝10時から開催します。
9月13日(日)10時「地下ソサエティ」の最上級、「プラチナ」の説明会を兼ねたセミナー◆お申し込みはこちらから→https://m.kitasociety.com/260913
こちらは、金融資産3,000万円以上の方に限らせていただきます。中でお話しするのは、バッグの話だけではありません。時計も、車も、ワインも、絵も、株も、同じ日に扱います。どれも、置き場所の話としてつながっています。バラバラの趣味の話ではありません。どこに置けば、5年後に残っているのか。その1点で、全部がつながっています。
あの日、レジに積んだのは、69万円分の服と小物でした。持って帰ってきたのは、それとは別のものです。あの1日で分かったのは、バッグの値段ではありませんでした。人生を動かすのは、今、こうした判断の積み重ねです。